過去の行いの全てが、現在を作り上げているーー
マリア「いらっしゃらないわね……」
アレクサンダー「アレクシスのことか?」
マリア「旦那様!」
アレクサンダー「そのままで良い。
マリア、今年もクリスタルの墓参りに来てくれてありがとう」
マリア「……お母様の命日でも、アレクシス様はいらっしゃらないのですね」
アレクサンダー「あぁ。あれは今、自分の生活で精一杯なのだろう」
アレクサンダー「それでも、アレクシスをゴールド家で引き取るときに、あいつはゴールド姓を名乗ることをよしとはしなかった」
アレクサンダー「母親の姓を残したホワイト=ゴールド姓を選んだのは、あいつにできる精一杯の愛情だったのだろう」
マリア「……」
マリア「旦那様は、どうしてクリスタル様と恋に落ちたのですか?」
アレクサンダー「……クリスタル・ホワイトは、この街の農家の娘だった。
彼女とは、たまたま私有地を視察して回っているときに出会ったのだ」
アレクサンダー「当時の私は仕事一筋で、ゴールド家を大きくすることに全身全霊をかけていた」
アレクサンダー「気付けば50にもなろうかというのに、結婚すら考えずに日々を過ごしていたのだ」
アレクサンダー「そんな私に、クリスタルは人として大切なことをたくさん教えてくれたよ」
アレクサンダー「20以上も歳が離れている娘だ。もちろん、最初は恋愛感情なんてなかった」
アレクサンダー「しかし、気が付けば彼女の素朴で真っ直ぐな純粋さに心を奪われていた」
マリア「私は幼かったので、あまり記憶にはありませんが……。
クリスタル様の優しい笑顔は覚えています。アレクシス様をとても大切にしておられました」
アレクサンダー「どうにかクリスタルを妻にしたかったのだが、当時はゴールド家には多くの親族がいた。ゴールド家の当主が庶民の娘と結婚するなど口にすれば、猛反対されたよ」
アレクサンダー「親族を追い払って全ての準備が整った矢先に、元々体の弱かったクリスタルは、この世を去った」
アレクサンダー「せめて一人息子のアレクシスには、私が持てる全ての富と財産を残そうと、再び仕事に没頭する日々に戻ったのだが……結局、アレクシスと過ごす時間も失って、あいつもあの家を去ったな」
マリア「旦那様は、アレクシス様を後継者に指名されていますが……戻って来られるでしょうか?」
アレクサンダー「あぁ。強引に連れ戻すつもりはないが、あいつはいずれ自らあの屋敷に戻ってくるだろう」
マリア「なぜです?」
アレクサンダー「あの屋敷には、お前達がいるからだ」
マリア「……私達?」
アレクサンダー「私が亡くなれば、ゴールド家の血を引く人間はアレクシスただ一人になる」
アレクサンダー「財団は他の企業に売り渡すこともできるが、使用人は違う。
ゴールド家の使用人は、ただの雇われ人ではない。お前も、ワイアットも」
アレクサンダー「何百年もゴールド家と共に過ごし、共に生きてきた。いわば運命共同体だ。
アレクシスがゴールド家を継がなければ、お前達は行き場を失うだろう」
マリア「……私は、構いません」
マリア「アレクシス様が後継者になりたくないというのであれば、ワイアットも受け入れるはずです」
アレクサンダー「クリスタルのおかげで、アレクシスは優しい子に育った」
アレクサンダー「他の誰がなんと言おうと、兄弟同然に育ったお前達が居場所を失うとなれば、あいつ自身がそれをよしとはしないだろう」
マリア「……」
アレクサンダー「お前達が気に病む必要はない。
私もそうであったように、これはゴールド家に産まれた人間の宿命なのだ」
マリア「……ジュリアン様が後継者になることは、難しいのでしょうか?」
アレクサンダー「ジュリアンに家を継がせれば、良からぬ企みに利用する者達がいる」
アレクサンダー「ジュリアンは、私とレイチェルの取引の末に産まれた可哀想な子だ」
マリア「取引?」
アレクサンダー「あの子に寂しい思いをさせていることは知っている。だが、我々にも事情があるのだ」
アレクサンダー「アレクシスを育てたお前になら、安心して託せる」
アレクサンダー「マリア、ジュリアンにもお前が持てる愛情を精一杯注いでやってくれ」
マリア「……」
ジュリアン様が実の息子でないということを、隠そうともしないなんて……。
私の知らない裏の事情ーー
ワイアットやリックは、把握しているのかしら?
いずれにせよ、今の私にできることはただ一つ。
「かしこまりました、旦那様」
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クリスタル・ホワイトって、歯磨き粉の名前っぽい。
やる気スイッチです。応援よろしくお願いしますm(__)m